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屏風 (びょうぶ)とは、部屋の仕切りや 装飾 に用いる 調度品 の一種。 木の枠に小さな ふすま のようなものを数枚つなぎ合わせて折り合わせた構造である。 「風を屏(ふせ)ぐ」という言葉に由来する。 元々は、布団の枕元に立てて冷気を防ぐ風よけのためにあり、昔は屏風をすべて「枕屏風」と呼んでいた。 今ではそれに絵画などを描く美術品として扱われる。 歴史は古く、 中国 の 漢 時代には、すでに風よけの道具として存在していた。 魏 、 晋 、 南北朝時代 には、 王族 の贅沢な装飾品へと変化していった。 日本 では文献上は『 日本書紀 』に初めて屏風に関する記述がみられる [1] 。 日本における最も古い屏風は、686年に 朝鮮半島 の 新羅 より献上されたものだといわれている。
公衆浴場法の適用を受ける公衆浴場は各 都道府県 の 条例 で、「普通公衆浴場」と「その他の公衆浴場」に分類される。. 「普通公衆浴場」とは、おおよそ「日常生活における保健衛生上必要な入浴のために設けられた公衆浴場」と定義され、一般に、この ...
風炉先屏風 (ふろさきびょうぶ)は 茶道具 の一つで、広間の点前の際に道具畳の向こう側に置く2つ折りの 屏風 のこと。. これを置くことによって、道具を引き立てる意味あいがある。. 単に 風炉先 と呼ぶこともある。. 高さ2 尺 4 寸 、片幅3尺5分 ...
概要. 屏風. 洛中洛外図は、 14世紀 以降の屏風の定型である六曲一双形式であることが多い( 屏風の構造 参照)。 構図・景観. 洛中洛外図は、右隻に京都東方面、左隻に京都西方面が鳥瞰図として描かれることが一般的である。 戦国時代の景観を描いたものを初期洛中洛外図と呼ぶ。 右隻に 内裏 を中心にした下京の町なみや、 鴨川 、 祇園神社 、 東山 方面の名所が描かれ、左隻には 花の御所 (公方御所・将軍御所)をはじめとする武家屋敷群や、 船岡山 、 北野天満宮 などの名所が描かれている。 また、初期洛中洛外図屏風を向かって見ると、右隻では、上下が東西、左右が北南となる。 一方左隻では、上下が西東、左右が南北となる。 こうした初期洛中洛外図屏風の形式は「第一形式」とも呼ばれる。
雁風呂 (がんぶろ)とは、 青森県 津軽地方 に伝わるとされた 風習 の一つ。 また、それにまつわる伝説。 雁供養 ともいう。 概要. 青森県には「雁風呂」「雁供養」という伝説が伝わるとされていた [1] 。 月の夜、雁は木の枝を口に咥えて北国から渡ってきて、飛び疲れると波間に枝を浮かべ、その上に停まって羽根を休める。 そうやって津軽の浜までたどり着くと、要らなくなった枝を浜辺に落とす。 日本で冬を過ごした雁は早春の頃、浜の枝を拾って北国に戻って行く。 雁が去ったあとの浜辺には、生きて帰れなかった雁の数だけ枝が残っている。 浜の人たちは、その枝を集めて風呂を焚き、不運な雁たちの供養をしたという [1] 。 木片を落とす場所は、函館の一つ松付近という説と津軽の海岸という説が見受けられる。
浴室. 20世紀初頭の浴室の絵。. バスタブ 、2つの タオル 、 トイレ 、 シンク 、2つの 鏡 が描かれている。. フランスの浴室には 浴槽 と シャワー があり、 トイレ はない。. 浴室 (よくしつ、英語:bathroom)は個人の衛生活動のための部屋で、一般 ...
概要. 中村内蔵助像. 尾形光琳は、江戸時代中期を代表する画家のひとりである。. 京都 の呉服商「雁金屋」の次男として生まれ、主に京都の富裕な 町衆 を顧客とし、王朝時代の古典を学びつつ、明快で装飾的な作品を残した。. その非凡な意匠感覚 ...